寝ることも横になることもできなくなり、日常生活が壊れてしまった3月、20日間入院した。この病院では、隣室や向かい側の病室から聞こえてくる様々な機械音が怖くて、眠れぬまま20日間を過ごした。良くなったとは思われなかったが、入院していること自体、精神衛生上良くなかった。

4月中旬、姉の友人からの情報で秋田の山奥にある温泉へ行った。4月だというのにその温泉は雪に埋もれていた。まるで地の果てのような風景で 「こんなところまで来ちゃったなぁ。」 と、少し呆然とした。
結局そこの温泉はサハラにあわず、数日間痛い思いをした。が、そこで知り合った人から 「盛岡にいい病院がある、一度行ってみるといい。」 と紹介され、温泉からの帰り道寄ってみた。先生いわく 「入院患者を紹介する。自分で面接をして話を聞いてみて、この病院の治療内容を聞いてみなさい。」 すべては自分で決めろ、という治療方針だった。
サハラは盛岡の病院に3ヶ月入院した。入院中、同病の友人ができた。アトピーについて初めて話が通じる友人ができたことが、イチバンの治療となった。入院中 「もう大丈夫!治った」 と思った。普通の生活に戻れると自分で判断したときが退院の時期だった。その病院は退院時期も自分で決めるのだった。
サハラは退院後、実家に戻り1ヶ月間海水浴をした。海水浴も温泉同様の効果があると言われていたからだ。まだ小学生だった甥や姪が毎日付き合ってくれた。
夏が終わり、サハラは仕事に戻った。完治したと思っていたアトピーは、東京に戻り1ヶ月も経たぬまに、また悪化した。しかも一気に。
崖から突き落とされた気分となった。かなりの時間を治療にかけたつもりだった。自分でも良くなったと思ったし、家族をはじめ周りの人たちも一様にホッとしていた。病院の先生も太鼓判を押したはずだった。「もう大丈夫」と。
アトピーは甘くなかった。半年くらいの治療で治る病気ではなかった。少なくとも、サハラのケースは治らなかった。生まれて初めて 『絶望』 という感情がサハラの中に渦巻いた。これから先、どうすればいいのだろう。するべき治療は全てしたはず。サハラにはもう、残されたカードがないように思えた。
そんな時、盛岡時代の入院仲間から電話が来た。
「体調はどう? えっ、わたし?わたしは今、湯治に来ているの。」
サハラは自分の不調を訴え、すぐに湯治に合流することを伝えた。
世の中に偶然はない。誰かが呼んでくれたんだ。
きっと、まだ大丈夫だ。きっと。
sahara
:
2007.1. 5
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